講師としての-三幸福祉カレッジ

名古屋校からのお知らせ

2014.11.27その他
講師としての

名古屋支社 陣内です

名古屋支社に来て、1年8ヶ月。

ここに、来る前は豊橋でITの講師をしていました。

ITの講師といっても、パソコン教室みたいな感じではないです。

基金訓練、委託訓練

いわば、ハローワークを通して、パソコンを基本に学び

3ヶ月間 コミュニケーション、接遇、チームワークを学びます。

色んな方が訓練に来ます。

このブログは、その時の訓練生も見ているので

本当の事をいいますが

「目の前にいる人を誰一人見捨てない」

きっと、ふむふむと頷いていますでしょ。

どんなに手を焼く方(笑)でも、内臓と内臓が磨り減るぐらいの接し方をします。

その人の個性は消して潰さない、

それを潰している今だったら、その大切な個性が出てくるまで付き合います。

授業は厳しく、塵一つ落ちていない教室で、

ドアの開け閉めでも無音、

トイレに行くまでの廊下の歩く音にも意識し、

外部講師が来た時のおもてなし。

パソコンのキーボードのエンターを叩く時の音まで気遣います。

すべて、やってといってやるのではなく、

「他の人に気遣う、自分の行動が他の人にも影響している」という意識で

自主的に動かれます。

1分1秒の遅刻は、「なぜその遅刻はしてはいけないのか」

でクラス全員でディベイトします。

当事者も、始めはすねていらっしゃいますが、

時間と言う大切さや、自分だけの遅刻ではなく

クラスに与える支障や、他者に与える影響も考えます。
どのクラスの訓練生も、本当に素晴らしく、相手を思いやり

クラスの全員、自分だけの就職ではなく、目の前の人が怒涛に迷っていたら

その人にそっと手を差し伸べる。

ですので、全員、個性を大切にして、その人らしい仕事、新たな道を見つけます。

 

 

それでも、講師としていろんな葛藤がありました。

一人ひとりをサポートしながら

就職支援もし

なお、3ヶ月でまったくパソコンを触ったことがない方でも

4つの資格を取得しなければいけない。

教えるだけでなく、一緒に働くメンバーの事も考え

良好な関係を築いていく。

教室を継続させるために、東京から離れている豊橋という場所を

どうアピールして、収益につなげるか。

講師である私が、大きく関わっていると思いました。

それでないと、初めて1年ぐらいで教室はなくなるであろうと思いました。

事実、訓練生が集まらなかった時期もありました。

●教えないといけない

●教えるだけでなく、就職も支援していかなくてはいけない

●一緒に働く人達とも上手くやっていかなくてはいけない

●豊橋教室を継続させるために数値として残さなければならない

●授業も充実させなければいけない。

講師をやっていくには、本当に大変でした。(●お分かりのようにビリーフです)

しかし、

乗り越えられたのは

①訓練生が、修了式、笑顔でありがとうと言ってくれる

②一緒に働いていたメンバーが常に支えてくれた

③豊橋教室を全国に広げようというビジョンがあった

うまくいった!なんて思ったことはなく

常々自分の能力のなさに打ちひしがれていたし

一緒に働くメンバとも ぶつかった事もあった

でも

 

「どこかで必ずこんな私でも見ていてくれるがいて分かってくれている人がいる。大変だけど、続けられたら失敗も肥やしになる」

と思えた職場だったからです。

 

支えてくれる言葉を投げかけてくれる方もそういうときに現れるんです

「陣内さん、いつもありがとう」この言葉をいただくだけで回復します

 

 

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